まず言いたいのは、間違いなく偉大な選手だったことです。
リバプールではジョーダン・ヘンダーソンを支え、副キャプテンを務めたジェイムズ・ミルナーが現役引退を表明。
リーズから始まった旅を終えるのはブライトンの選手としてですが、多くのリバプールファンがミリーに感謝していることでしょう。
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ジェイムズ・ミルナーを思うとき、どれだけ言葉を並べても足りないものがあります。
書きたいことが沢山あり過ぎるのです。
それでも、まず言いたいのは、お疲れ様でした!ありがとう!ということですね。
リバプールでの功績
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ミルナーは、2015年の夏にフリー移籍という形でマンチェスター・シティからでリバプールへ加入。
リバプールでは8シーズンにわたってプレーをし、公式戦332試合に出場して26ゴール、45アシストを記録しました。
献身的で強かったミルナー。
リバプールでは、プレミアリーグ、チャンピオンズリーグ、FIFAクラブワールドカップ、UEFAスーパーカップ、FAカップ、カラバオカップのタイトル獲得に大きく貢献してくれましたね。
印象的だった左サイドバック
リバプールでも輝かしい功績をもつミルナーですが、私にとって印象深いのは、何も文句を言わずに左サイドバックを担当したことでした。
マンチェスター・シティとの契約が満了となるため、引く手あまただったミルナーですが、当時リバプールを率いていたブレンダン・ロジャーズ監督は、ミッドフィールダーとして起用することを伝えたと聞いています。
シティ時代、いろいろなポジションで起用され、本職ではない役割も多かっただけに、中盤でやりたいという気持ちが強かったのでしょう。
しかし、リバプールでの現実は、ディフェンスをも務めることに。
リバプールの左サイドバックが手薄だった当時、ミルナーは左サイドバックの役割を学び、見事にこなしてくれました。
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リバプールとの対戦で牙をむいた闘志
ブライトンへ新天地を求めたミルナーは、リバプールとも対戦することになりました。
私がよく覚えているのは、リバプール戦でのミルナーは、レッズの選手を吹き飛ばすような深いタックルを仕掛けて来たことです。
イエロー覚悟のようなタックルで、ミルナーの本気を見た思いがしたし、むしろすがすがしい思いがいたしました。
20番を背負ったラスト・シーズン
もうひとつ、ミルナーのことで忘れられないのは、ブライトンの選手として最後のシーズン。
開幕前に20番があくことが分かり、自ら志願してこの番号をつけたことです。
リバプールでのチームメイト、ディオゴ・ジョタの告別式にも臨席していたミルナーは、20番をつけることにより、ディオゴ・ジョタへの友情、リバプールとの絆を示してくれました。
プレミアリーグ最多出場記録
ミルナーといえば、プレミアリーグでの最多出場記録を打ち立てたことが讃えられます。
これまでの記録保持者はギャレス・バリーの653試合でしたが、ミルナーが突破。
このことは偉業ですし、多くのメディアが報じるでしょうから、あまり長くは書かずにおきます。
これからのキャリアを応援したい
ミルナーは言いました。
「どのクラブも私の人生とキャリアにおいて大きな役割を果たしてくれた。
オーナー、スタッフ、コーチ、チームメート、そして私を歓迎し支えてくれたサポーターの皆さんに心から感謝したい」
日々続く自己節制、鍛錬。
ミルナーは、まさしく鉄人でした。
コーチングスタッフ入りとかコメンテーターとか、いろいろな方面がミルナーを必要としていると思います。
ミリーが過ごすこれからのキャリアを応援したいですね。
ありがとう!ミリー!
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