
遠藤航がピッチにいない時間。
FAカップ4回戦でブライトンに勝利したリバプールですが、そこに遠藤の名前はありませんでした。
ついこの間まで、当たり前のように中盤に立ち、当たり前のようにボールを奪い、当たり前のようにチームを支えていた姿が、ふと頭に浮かびます。
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遠藤の存在は、決して派手とは言えません。
けれど、いなくなって初めて気づくことがあったというファンも多いはず。
遠藤の存在感は思っていた以上に大きかったのだと、私自身、改めて感じています。
■チームを支えた遠藤の献身性
当たり前のように、そこにいた選手
遠藤は、ゴールを量産する選手ではありません。
華やかなドリブルでスタジアムを沸かせるタイプでもありません。
それでも、ボールを奪い、危険を察知し、味方を助ける。
誰かが前に出たとき、その背後を埋めるようにポジションを取る。
そんな一つ一つのプレーが、チームを静かに支えていました。
それは、あまりにも自然で、あまりにも当たり前に見えていたのだと思います。
だからこそ、普段はその存在の大きさに気づきにくかったのかもしれません。

■気がつけば遠藤
いなくなって初めて分かる存在感、そういう感覚は表現が難しいものがありますが、実はそれこそが重要なもの。
例えば人間は、常に空気を意識しているわけではない。
しかし、それがなければ事終わる。
遠藤がピッチに立てなくなってから、ふとした瞬間に感じるものがあります。
中盤の一つのプレーや、守備の切り替えの場面で、
「そう、あそこには遠藤がいたな」と思うことがあるのです。
何かが大きく変わったというわけではない。
それでも、どこかにぽっかりと空いたような感覚がある。
派手な選手ではないものの、気がつけばいつもそこにいて、チームを支えていた。
遠藤航という選手は、まさにそういう存在だったのだと思います。
■チームのために体を投げ出す遠藤の姿
リバプールで求められていた役割
世界中のトッププレーヤーが集まるこのクラブで、遠藤は与えられた役割を黙々と全うしてきました。
自分が目立つためではなく、
チームが安定するために走る。
危険な場面では身体を張る。
その積み重ねが、少しずつ信頼へと変わっていったのだと思います。
気づけば、試合の中に自然と溶け込み、
必要な場所に、必要なタイミングで現れる。
そんな存在感を、確かに示していたはずです。

■遠藤は帰って来る!
それでも、また戻ってくる
いまはピッチに立つことができなくても、遠藤はまた戻ってくるはずです。
そう言い切れる理由は、遠藤という選手が持っている底知れぬメンタリティーがあるからです。
復帰したそのとき、きっとまた何事もなかったかのように中盤に立ち、チームを支えているのでしょう。
派手な復帰でなくてもいい。
大きな歓声の中心でなくてもいい。
いつものようにボールを奪い、
いつものように味方を助ける。
そんな姿を、また見ることができる日を静かに待ちたいと思います。

■遠藤がリバプールにいること
チームの体制が変わり、遠藤の出番は明らかに減少していました。
それでもくさることなく、常に万全の準備を続けて来た遠藤。
そんな選手がリバプールにいるということを、私はとても誇りに思います。
また、あの当たり前の光景が戻ってくる日を信じて。
それは、私にとって確信であり、なぜそう言えるかと言えば、遠藤航という選手を信じているからです。
【関連記事:ジョー・ゴメスが遠藤航に送った言葉 「彼はかけがえのない存在」】
拙著について
※追記
より詳しくリバプールのことをお知りになりたい方がいらしたら、ぜひ拙著『Liverpoolを愛するファンへ捧ぐ THIS IS ANFIELD』をお手に取ってください。。
今後、リバプールのことを描いた2冊目をお届けする予定です。
ぜひ、リバプールシリーズということでお読みいただければ嬉しい限りです。
