レジェンド

リバプール134年史上、最も偉大な選手にスティーブン・ジェラード

Liverpool's Greatest - No.1

クラブ創設134年の歴史をもつリバプール。
これまで幾多のスターが生まれ、レジェンドと呼ばれるようになりました。

そんな中で、最も偉大なプレイヤーとは誰なのか?

ご存じの方もいらっしゃると思うのですが、LFCでは''Liverpool's Greatest''として大々的なランキングを発表し続けてきました。

偉大なレジェンドの頂点に立ったのはスティーブン・ジェラード!

ファンから寄せられた135万票を超える投票結果、そしてリバプールのレジェンドたちの意見を総合した結果に基づくものです。

ここでは、LFCが発表している内容に、あえて忠実に寄り添ってご紹介したいと思います。

ジェラードのキャリア概要

  • 在籍期間: 1998-2015
  • 公式戦出場数: 710
  • ゴール: 186
  • トロフィー: リーグカップ (2001, 2003, 2012), FAカップ (2001, 2006), UEFAカップ (2001), UEFAスーパーカップ (2001),チャンピオンズリーグ (2005)

少年期からデビュー当時

とてつもない少年ジェラード

1990年代、クラブのアカデミーで成長を続けていた「ジェラードというとてつもない才能を持つ少年」の評判は、すでに広く知れ渡っていた。

そしてトップチーム昇格のチャンスを得ると、その若者は、まるで何年もプロとしてプレーしてきたかのように、激しいタックルを見せ、鋭いパスを次々と送り出した。

リバプールは、まさに特別な才能を手にしていたのである。

ブラックバーン戦でデビュー

ジェラードは1998年11月、アンフィールドで行われたブラックバーン・ローバーズ戦で途中出場し、トップチームデビューを飾った。

初ゴールはその1年後。シェフィールド・ウェンズデイ守備陣を巧みなドリブルで切り裂くように突破すると、最後は低く鋭いシュートを流し込み、記念すべき初得点を挙げた。

荒々しさからの成長

能力とフィジカルのギャップ

スカウサーであるジェラードは、荒々しく爆発的な才能を持っていた一方で、キャリア初期はまだ成長途中の身体がその能力に追いつく必要があった。

しかし、やがて彼はあらゆる能力を兼ね備えた完成されたミッドフィールダーへと成長していく。

輝きを増すジェラード

強靭なフィジカル、スピード、高い技術、創造性あふれるパス、優れた決定力、強烈なミドルシュート、激しいタックル、そして誰にも負けない闘争心。

そうした資質はシーズンを重ねるごとに磨かれ、さらに輝きを増していった。

初めて味わった栄光

ジェラードが初めて大きな成功を味わったのは、リーグカップ、FAカップ、そしてUEFAカップの3冠を達成した2000-01シーズンだった。

彼は3つの決勝すべてで先発出場。ドルトムントで行われたアラベスとのUEFAカップ決勝では、5-4の激戦を制した一戦でゴールを決め、大舞台で勝負強さを発揮する選手としての第一歩を刻んだ。

当時の指揮官ジェラール・ウリエのもとで大きく成長したジェラードは、さらに経験豊富なチームメイト、ゲーリー・マカリスターからも多くを学び、キャリアの重要な時期を過ごした。

若きキャプテンの誕生

2003年、その力強いプレーと強いリーダーシップが認められ、キャプテンに就任。

そのアームバンドを以後12年間にわたって巻き続けた。

リバプールの歴史の中で、彼以上に多くの試合でキャプテンを務めた選手はいない。

イスタンブール

リバプールのリーダーとして迎えた最高の夜は、2005年5月、イスタンブールのアタテュルク・スタジアムで訪れる。

伝説のオリンピアコス戦

チャンピオンズリーグのグループステージ、オリンピアコス戦で決勝トーナメント進出を決定づける強烈なミドルシュートを決めていたジェラードは、決勝でも大会史に残る奇跡の大逆転劇の中心人物となった。

イスタンブールの奇跡

決勝のミラン戦、前半を終えてミランに0-3とリードを許したリバプール。

しかし、ジェラードが豪快なヘディングで1点を返すと、両手を高く掲げて仲間とサポーターを鼓舞する姿がチームに希望と信念を与えた。「まだ終わっていない」と。

そのわずか6分後には、ラファエル・ベニテス率いるリバプールは3-3の同点に追いつく。ジェラードが得たPKをシャビ・アロンソが押し込み、歴史的な追撃を完成させた。

試合では右サイドバックも務めたジェラードは、欧州王者の証であるチャンピオンズリーグのトロフィーを高々と掲げ、その伝説を完成させた。

2006年のFAカップ決勝

並外れた決定力

イスタンブールの奇跡、その翌2006年のFAカップ決勝、ウェストハム・ユナイテッド戦でも、彼は再び英雄となる。

リバプールは試合中に0-2、そして3-2と2度リードを許したが、ジェラードはアシストを記録し、自らもゴールを決めると、試合終了間際には約35ヤードから信じられないようなロングシュートを叩き込み、劇的な同点弾をマーク。

その後のPK戦でも成功し、リバプールを優勝へと導いた。

副キャプテンのキャラガー振り返り

長年副キャプテンとしてジェラードを支えたジェイミー・キャラガーは、彼の活躍をこう振り返っている。

「あれは時代を超えて語り継がれるパフォーマンスだ。40年後、50年後になっても、あの試合での彼のプレーは語り継がれているだろう」

ヨーロッパでの高い評価

その後、ラファエル・ベニテス監督のもとで、より攻撃的なセントラルミッドフィールダーへと役割を変えた背番号8は、イングランドだけでなくヨーロッパ中のライバル選手たちからも、「同世代で最も才能があり、試合に大きな影響を与える選手の一人」と高く評価されるようになった。

ジダンの言葉

「彼は数少ない存在だ。卓越したテクニックを持ち、ボール扱いも素晴らしい。それだけでなく、あらゆるプレーに闘争心を織り交ぜることができた」

「彼は周囲を引っ張り、仲間たちをさらに高いレベルへ押し上げるリーダーだった」

サポーターから深く愛されたジェラード

2006年にはPFA年間最優秀選手賞(Players' Player of the Year)を受賞。

また、プレミアリーグ年間ベストイレブンには実に8度も選出されている。

一方で、リーグ優勝だけは最後までジェラードの手に届かなかった。

2001-02シーズン、2008-09シーズン、そして2013-14シーズンと、リバプールは幾度も頂点に迫りながら惜しくもあと一歩で届かなかった。

しかし、それは決してジェラードの努力や献身が足りなかったからではない。

「スティービーG」は、多くのビッグクラブからの熱心なオファーを受けながらも、それを退け続けた。

そしてクラブが苦しい時期にあっても、自らがふさわしい舞台で戦えない状況であっても、リバプールへの忠誠を貫いた。

だからこそ、サポーターは彼をさらに深く愛したのである。

アンフィールドとの別れ

2015年5月、ジェラードはアンフィールドで現役選手として最後の別れを告げた。

その時、彼は公式戦186ゴールを記録し、クラブ史上700試合以上に出場したわずか3人の選手の一人という偉大な足跡を残していた。

別れの際、ジェラードは感慨深くこう語っている。

「振り返ると、誇りしかありません」

「ここで成し遂げてきたことを本当に誇りに思っています。獲得した数々のタイトル、そして素晴らしい思い出のすべてを」

「子どもの頃は、リバプールでたった一度でもプレーできたらという夢を抱いていました。でも実際には、その頃想像していた以上のものを、このクラブで成し遂げることができました」

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  • この記事を書いた人

Toru Yoda

ただの埼玉の隠居です

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