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ユルゲン・クロップに指導を受けたことを振り返る南野拓実

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リバプールで18番を背負った男。
タキこと南野拓実のことを書くのは、本当に久しぶりになります。
私自身は、タキがリバプールを去った後も陰ながら幸運を祈って来た1人です。

これを書いている理由ですが、これまた久しぶりにエコーが南野拓実のことを取り上げているから。
ユルゲン・クロップ監督に指導を受けたことなどについてL'Equipeへ向けてタキが語ったそうです。
タキが、リバプールで過ごした期間は約2年半のこと。
もっと出場機会が欲しかったであろうことは、容易に想像ができますが、あの頃のリバプールには、サディオ・マネ、ロベルト・フィルミーノ、モハメド・サラーのフロントスリーが揃っており、さらにディボック・オリギもいましたからピッチに立つまでが大変だったのは事実ですよね。

それでもタキは、リバプールが国内カップ戦2冠を達成した際にはおおいに貢献をしており、レッズにトロフィーをもたらしていました。
ユルゲン・クロップ監督は、あまり自分を使ってくれなかった。
そういうネガティブな気持ちなどタキにはなく、むしろクロップさんと一緒にやれた日々を輝かしいものだと思っているとエコーは伝えています。

Takumi Minamino
私は既に彼のプレイに関するやり方をしっていたから、すぐに実行に移そうとしたよ。
誰もが彼(クロップ)のアイディアを理解しているように見えたね。
例えば、彼はトレーニングプランを提示してくれるのだけど、そこには彼の意図と最終的な目標がしっかりと見て取れるんだ。
彼は、いつもみんなと話をしていたよ。
たとえ出番がない選手であってもね。
私にとっての彼は、常に選手から尊敬をされ公平な監督であったということさ。
彼は、交代要員でさえもモチベーションを維持させることに成功していたのだからね。

タキの中にあるリバプールの思い出。
それが灰色でなくてよかったというのが私の率直な感想です。
いやあ、良い性格をしていますね。
あの頃のリバプールも素晴らしかった。

今、思い出しているのですが、チャンピオンズリーグのタイトルを獲った際には、トロフィーを掲げることを遠慮していたタキでしたが、キャプテンに促されて控え目に持ち上げていた光景が・・・。
今後も変わることのない明白な事実は、南野拓実こそが日本人で初めてリバプールの一員になったということです。
今シーズンからリバプールには、遠藤航がやって来ました。
遠藤選手にも、ぜひリバプールでトロフィーを掲げてほしいですね。
タキの幸運を祈ります。

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